第2回 査察の流れ【企業視点からの医薬品GMP査察通訳】

GMP(Good Manufacturing Practice)とは、医薬品の品質・安全性を保障するために遵守しなければならない製造管理・品質管理の基準です。本連載では、長年医薬品の査察に関わってきた山岸俊彦さんが、GMP査察を成功させるために通訳者が知っておきたいポイントを全3回にわたりお話しします。

査察を受ける会社からの説明

通常、午前9:00から査察が始まりますが、初日は会社、工場の紹介等が行われます。一般的な内容は以下の通りです。

 

      • 会社紹介、工場の紹介
      • 工場概要、敷地内の建物の配置、GMP組織図(注)、人員等の説明
      • 製造品目と区分の概略(医薬品原薬:国内向け/海外向け)、医薬品製剤、健康食品、食品用原料等)
      • 査察対象品目の製造場所、製造工程の概要説明
      • 医薬品の製造・品質管理上の手順書(SOP: Standard Operating Procedure)のリスト

 

上記の会社側からの説明は、エージェントを通じて事前に打ち合わせ時間を取ってもらうとよいでしょう。内容を理解しておくと当日の通訳時に誤解がなく、より正確で適切な通訳が行えるようになり、結果スムースにコミュニケーションができることになります。特にその製品の特長や、独特な言い回し、説明時の独特の用語などは事前に勉強させてもらわないとわかりにくく、査察官に伝わりにくいことが多いです。


(注)組織図の説明は重要です。この図で中心となるのが、品質保証関連の責任者(Quality Assurance Manager:QA Manager)、品質管理の責任者(Quality Control Manager :QC Manager)と製造部門の責任者(Manufacturing Manager)です。会社によって呼称は異なるかと思いますが、役割的にはこれら3名が中心になります。その中でも総責任者となるのが、QA Managerでしょう。

製造工程の査察(プラントツアー:Plant tour)

午前中

会社からの説明が終わると、10時頃からプラントツアーです。査察対象製品の製造工程を担当者と共に見て回り、いろいろと質問を受ける段階です。この際に1名の査察官につき2名の通訳者が付いて、20分ごとに交代して対応されるのが一般的なようです。この段階での質疑内容に関して後でいろいろ指摘が行われる場合があり、査察を受ける会社の人も記録係を2名ほど配置して必死に記録を取ろうとします。この際に誤解や聞き間違い、伝え間違い等があると、後からその誤解を解くのに大変に苦労します。

 

プラントツアーは、査察における通訳業務の中でもっとも体力的にもコミュニケーション的にもハードな場面であると思います。慣れていない工場内で装置が動いていると、騒音のために査察官と会社側の人の声が聞き取りにくいうえ、夏季は蒸し暑さ、冬季は寒さと乾燥した空気の中、通訳者は日本語と英語で二度話さなくてはなりません。通訳者は声がかれたり、体力を消耗する大変な作業となりますので、エージェントを通じて、途中での休憩を取れるよう、事前に会社に依頼しておくとよいでしょう。工場内では受信機と送信機を使えるようにしてもらい、離れていても聞き取れるようなシステムを準備してもらえるよう、要望しておくことが必要と思います。

 

本当に適切な通訳をするには、エージェントを通じてこのプラントツアーに関しても事前練習の日程を取ってもらうと当日のために有効です。実際に工場の担当者がどのような説明をするつもりか、その内容を日本語で聞いておく、または書面で話す内容を受理しておく、そしてその意味が分からない時は必ず事前に意味を確認しておく、という準備が重要でしょう。それがわかっていれば、より正確な通訳ができることになり、会社にとっても有用なはずです。前述のとおり、この段階での誤解はその解決のために後から大きな時間的ロスにつながり、査察官にとっても会社にとっても大変無駄なものとなります。

 

したがって、万が一米国向けの医薬品ではない製品について、管理方針やルールが米国向けのものと違っていてGMP管理として不適切とみなされると、指摘を受けると共に査察報告に記載されるようになるということです。これは査察を受ける会社が注意すべき点ですが、通訳者の方々もその点を理解して査察に臨まれることが必要と思います。

休憩時間(昼食)

休憩中(通常1時間)は、会社側の人とも査察官とも、誰とも話をせずにリラックスをさせてもらえるように、別室を用意してもらいましょう。この点も、エージェント側から要望してもらうべき内容かと思います。

午後

プラントツアーについては、製造部署(原料と製品の倉庫を含む)に関してと、QC部署(品質試験室)についても行います。査察官によっては、同日に一度に続けてやりたいという人もいれば、初日は製造部署だけを行い、2日目にQC部署というように分けて行うことを希望する人もいます。査察官から出される事前の希望スケジュールに沿って、あらかじめ準備を考えておけると良いかもしれません。

 

QC試験室内のツアーは、製造部門と異なり比較的静かな場所での査察になりますので、通訳時の労力は少し軽減されると思います。しかし後で書類のチェックを行う段階で、一番多くの指摘を受けるのが、試験室の検査の記録や分析機器の管理記録など、いろいろなデータに関する記録についてですので、注意が必要です。

 

次回最終回では、書類の具体的な内容と企業から通訳者の皆さんに期待することについて触れたいと思います。

山岸俊彦(やまぎしとしひこ)

大手食品会社の医薬品工場、研究所での業務を経て、本社にて医薬品開発に従事。
米国医薬品開発のコンサルティング会社主催の「FDA対応の医薬品開発上のRegulationのセミナー」に1か月間参加。その間、医薬品原薬のFDA定期査察、製薬会社の定期的なGMP Auditの対応も担当。

その後、新規の原薬開発を進め、米国の製薬会社への供給販売を目的に交渉を進めると共にFDAに提出するDMFの作成、FDAによる承認前査察(PAI)を担当。退職後、別の食品会社で医薬品原薬のFDA査察のために、GMP対応の業務指導を担当している。

【続きはこちらから】医薬品GMP査察の通訳――企業の視点―― 最終回


 

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