年に一度は読み返す、通訳の本質をとらえた良書【通訳者・翻訳者の本棚から】

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サイマルで活躍中のプロが、通訳者翻訳者人生にかかわる一冊を紹介する「通訳者翻訳者の本棚から」。「大きな案件の前に気合を入れたいときに読む本」「落ち込んだ時に読みたくなる本」「いつも仕事で使っている本」「スキルアップや知識向上のために活用している本」など、さまざまなテーマの中から選ばれた今回の一冊は……?

私の一冊:『Conference Interpreting Explained』 

私は同じ本を何度も読み返すということはあまりしないのですが、この本だけは年に1回くらいは読み返しています。

大学院への留学準備を進めていたときのことです。大学から届いた参考文献のリストの一番上にあったのが、ローデリック・ジョーンズの『Conference Interpreting Explained』でした。Kindleに早速ダウンロードして読み始めたところ、文体が平易で読みやすく、英語の本とは思えないくらいの早さで読み終えました。

一見したところ学術書のような装丁ですが、ジョーンズは研究者ではなく会議通訳の実践家なので、細かい通訳理論が書いてあるわけではありません。

これから通訳者になりたいという人にもおすすめですし、すでに通訳者として働いている方にもぜひ一度は読んで欲しい一冊です。ジョーンズ自身の通訳言語に日本語は入っていませんが、通訳の本質を捉えて記述した良書になっていますし、基本的な通訳テクニックも網羅されています。一部、特に私の印象に残っているジョーンズの意見を紹介しておきます。

◆通訳は知的なゲームである

まず、ジョーンズは通訳訓練は基本的には逐次通訳と同時通訳そのものであると述べています。通訳をできるくらいの外国語能力があるという前提のもと、結局は通訳技術は通訳をすることでしか伸びないということでしょう。

また、逐次通訳をする際には原発言より長くなることがあってはならない、三分の二か四分の三くらいの時間で訳出するべきだ、とも述べています。

さらに、通訳者が全てを知っていることは不可能であるし、あまりに専門的な内容の場合は、詳細を全て訳出することはできない、とも言い切っています。私自身も通訳を始めたばかりのときは、通訳者はあらゆる分野に精通していかなければならないと思っていたので、この一節には勇気付けられました。ただ、詳細を全て訳出することが不可能な中でも、最低限コミュニケーションを成り立たせるためにはどうすればいいのか、ということについての考察も紹介されています。特に日本は外国語コミュニケーションの分野では後進国ですので、クライアントの中には通訳は意味がわからなくても言葉を置き換えて訳すことができると思っている人もいます。このような誤解を少しでも解いていくため、通訳者もできることとできないことについて集合的に発信し、より効果的に通訳サービスが利用されるようになっていくことが望ましいと思います。

また、逐次通訳の場合にはどのような要素を優先してメモすればいいのか、メモをする時の言語はソース言語(原発言の言語)かターゲット言語(通訳する先の言語)のどちらにすべきか、といった具体的な問題についても考察されています。

さらにsimplification, generalization, omission, anticipationといった通訳テクニックが紹介されており、意識すればすぐに使えるようになるものが多いです。理想はスピーカーが言った内容を過不足なく正確に、しかも聴きやすいかたちで通訳することなのですが、現実問題としてそう上手くいかないことは多々あります。そうであっても最低限コミュニケーションが成り立つように、そしてなるべく多くの情報を聞き手に伝えるために、これらのテクニックは有用です。

結びにジョーンズは、「人の言ったことを訳しているだけで飽きないのか」という質問をしばしば受けると前置きした上で、通訳は知的なゲームであるとも述べています。私もときどき、通訳はサーフィンやフィギュアスケートに似ていると感じることがあります。ときどき直面する難しい部分を、なんとかうまく通訳できたときの喜びは、サーファーが難しい波をうまく乗り越えられたとき、フィギュアスケーターが複雑なジャンプを決めたときなどの達成感に通じるものがあるのではないかと思います。

通訳は職業人口も少ないですし、優れた実践家は多くいますが、体系的にまとめて通訳論のようなものを著すことは(特に日本人の通訳者の場合は)まれです。この本は自分自身の通訳スタイルを確立する上での壁打ち相手になってくれます。

 

 

そのほかのお気に入り書籍

『三四郎』
(夏目漱石著/新潮社ほか)

一文が短くて読みやすく、いい気分転換になるので折に触れて読み返しています。今では日本語の定訳がある外来語がそのままカタカナで表記されている部分もあり、日本が欧米の新しい概念を取り込もうとしていた時代背景が読み取れて面白いです。テンポのいい文体と、散見されるカタカナに通訳者としては共感できる部分があるのかもしれません。

 


●『The Economist』
(The Economist Group)


こちらは週刊の英字新聞で、通訳者の中にも購読されている方が多いのではないでしょうか。やはり大学院時代に教授に薦められて読み始めましたが、質の高い英文に触れることで少しでも英語の表現力が豊かになればと思っています。と同時に、定点観測のよいツールになってもいます。購読当初は読みたいと思える記事があまりなかったのですが、様々な国や分野の仕事をする中で、読んでみようと思える記事が増えてきていることにささやかな成長を感じます。




 

佐藤祐大さん
佐藤祐大(さとうゆうだい)

ロンドンメトロポリタン大学大学院会議通訳科修了。医療機器メーカー、コンサルティング会社などの社内通訳者を経て、2016年10月からサイマル・インターナショナル専属通訳者



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