弁護士から翻訳者へ。仕事も暮らしも楽しむために【マイストーリー】

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「なぜ通訳者翻訳者になったのですか」――答えはきっと人それぞれ。バックグラウンドや経緯、めざす通訳者翻訳者像など、通訳者翻訳者が10人いれば、10通りの道があるはずです。この「マイストーリー」ではサイマル・インターナショナルで活躍する通訳者翻訳者の多彩なストーリーを不定期連載でご紹介。今回は弁護士から翻訳者に転向した放上鳩子さんの登場です。

弁護士から翻訳者

私は、弁護士として法律事務所と官公庁で勤務をした後、翻訳者になりました。前職である官公庁での仕事は任期付きだったため、転職自体は必然的なものであり、退職の数か月前から次のプランを考え始めました。引き続き弁護士として法律事務所で働くというのが一般的には順当な選択だったのかもしれませんが、検討の末、法務翻訳を専業にしてみようと考えました。

翻訳者への転向を考えた理由

自分が好きなことを仕事に

通訳者翻訳者になる方で、語学が嫌いな人はあまりいないのではないでしょうか。私にとっても、語学は学生時代から趣味のようなもので、社会人になってからも、昼休みに仏語の文法書を読んだり、休日に中国語のレッスンを受けたりするのが娯楽の1つでした。翻訳を生業にしようと思った最大の理由は、何よりも言語と格闘するという知的作業が好きだったからだと思います。

翻訳作業との相性

また、翻訳という作業は、自分との相性が良いような気がしていました。翻訳作業は、法律事務所でも官公庁でも日常的に発生しますが、私はこれを外注せず、すべて自分で行っていました。自分で納得のいくまでとことん調べ、考え抜いて成果物を仕上げられる翻訳作業には、弁護士業とはまた違う面白さを感じました。他者との折衝や交渉、調整よりも、完成形に向けて黙々と作業する職人的作業に向いていたということかもしれません。

ライフ・ワーク・バランス

最後に、働き方を変えてみたかったという理由もありました。私は「仕事が人生のすべて」というタイプではなく、仕事以外も楽しみながら働きたいと思っていました。私の場合は、国内外を問わず興味のある場所に移住しながら仕事をしたいという希望が強くなっていましたので、時間や場所の拘束から解放されるという点でも、翻訳の仕事は魅力的に思えました。

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キャリアチェンジに向け実行したこと

任期満了の半年ほど前から、法務翻訳講座に通い始めました。この頃は、翻訳者への転向は1つの選択肢に過ぎず、周囲から「せっかく弁護士資格があるのにもったいない」などと言われると躊躇も覚えました。ところが、この講座の先生が、偶然にも弁護士から翻訳者に転向された方だったのです。自分が考えていたキャリアチェンジを実現し、成功している人と出会うことで、翻訳者への転向というアイデアが一気に現実味を帯びました。この先生には、法務翻訳の基礎知識だけではなく、仕事の受注方法や作業イメージ、必読参考書、収入面など、様々なことを教えていただき、翻訳者の日常を具体的に想像できるようになりました。この講座を通じて、翻訳者になる決意が固まったように思います。

前職を退職後、トライアルの受験を始めました。前述の講座を受講した以外には、特にトライアル対策は行いませんでした。結果は合格も不合格もありましたが、ありがたいことに、登録先の翻訳会社や弁護士の知人を通じて、当初から比較的コンスタントにお仕事をいただくことができました。

仕事を始めて数か月後から、前回とは別の法務翻訳講座を受講しました。前回の講座では、主に契約書の法的側面を学びましたが、今回の講座では、産業界出身の先生が、契約書の中身の部分について詳しい解説をして下さり、不足している知識を補うことができました。また、翻訳学校の担当職員の方には、仕事や翻訳者を紹介をしていただくなど、講座終了後も何かとお世話になっています。

翻訳は独学も可能だと思いますが、私の経験では、知識の点でも、人との繋がりの点でも、自分が受講した講座はいずれも大変有意義だったと思っています。

実際に翻訳者として稼働した感想

語学力と法律知識だけでは、法務翻訳をこなすのに不十分だということを痛感しました。特に、契約書の内容は、産業界の各分野に関する知識がなければ正確に理解できませんし、自然な訳語を当てることもできません。翻訳をする中で、今でも一番苦労するのはこの点です。また、収入と休息のバランスを取りながら仕事量をコントロールすることも、意外と難しいものです。

とはいえ、翻訳作業は基本的に楽しいですし、過不足なく美しい訳文が仕上がったときは達成感と快感でいっぱいになります。また、各案件は比較的短期間で終わりますので、気持ちの切替えがしやすく、毎回新鮮な気持ちで仕事に取組むことができます。常に新しい分野や業界に関する知識を深められたり、仕事をしながら語学力や翻訳スキルを高めることができたりする点でも、面白さと充足感を感じています

キャリアチェンジして良かったこと

キャリアチェンジして良かったと思うことは色々あります。満員電車と無縁になれたこともそうですし、仕事関係の対人ストレスも皆無になりました。また、翻訳者になって1年ほど経った頃に、当初の希望であった「移住計画」を実行に移し、ここ数年間は新たな土地に暮らしながら仕事をしていました。仕事と旅を融合する「ワーケーション」なる働き方が登場しているそうですが、自分次第で、こうした様々な働き方を実践できるというのは大きなメリットだと思います。全体的にクオリティ・オブ・ライフは大きく向上したと感じています。

また、私の場合は、英日・日英の法務翻訳が専門であり、今後もこの分野を主軸にするつもりですが、将来的には仏語も対象言語にしたいですし、(適性があるかはさておき)文芸翻訳にも興味があります。専門性を深めていくことも大事ですが、同時に、様々な方向に枝葉を伸ばして発展していける可能性がある点も、翻訳者の面白いところではないかと思います。

放上鳩子さん
放上鳩子(ほうじょうはとこ)

東京大学法学部、同法科大学院卒。弁護士資格を取得後、法律事務所、官公庁勤務を経て、2016年より法務翻訳者

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